つばさ通信

編集・発行元:事務局
毎月1回発行

1997年 6月発行(第90号)

骨髄データ登録者数

5月(人) 累計(人)
長野 8 1,241
全国 1,071 83,638

公的骨髄バンクを通じた骨髄移植 5/31現在 (1,138例)


今月号の内容

Monthly Report
第2回 ツール.ド.空海 参加報告レポート
連載...”娘が再び命を得た体験談”最終回
骨髄バンク関連図書の寄贈状況  
語りかける骨髄バンク 寄せられる温もり 募金箱  
おたより  
活動予定
書籍案内
伝言板
皆様のご寄付を心より感謝いたします


Monthly Report

1997.5(骨髄移植推進財団発行より抜粋)

国際協力事業の実施状況

  1. 5月末現在、アメリカ及び台湾との国際協力事業の実施状況は、下記の通りです。
  2. 財団は、5月29日〜30日、日韓骨髄バンク(KMDP・ドナー登録数10,328人・本部ソウル)に国際委員長他1名を派遣し、韓国の状況調査と相互協力に向けて問題点について協議を行いました。会合では、日韓両骨髄バンクシステムの相違や現状の確認等が行われ、その結果、早期に試験的な相互検索を開始するとともに、正式契約に向けて具体的な協議を行うことが基本合意されました。なお、検索手続きの開始等については、韓国側の準備に若干時間が必要な状況にあります。
  3. 6月3日、台湾骨髄バンクの代表団が財団事務局に来訪され、表敬訪問の挨拶の他、正式契約に向けての協議が行われました。会議では、予ねてから日本側より提案している骨髄バンク料金(患者負担金)に関し台湾側からの正式な回答を含め、さらに、細部を煮詰めて早期に正式契約できるよう協議を進めることとなりました。
  4. 国際協力事業を実施する病院施設については、各施設の申請を受けて、順次指定手続きを進めることとなっています。

患者負担金の前払い制度の導入

 企画管理委員会の答申決定を受けて、患者負担金の前払い制度を導入することとなりました。
 改正後は、患者負担金(検査料を含む)については、最初の患者登録料は従来どおり後払いですが、ア)コーディネート開始段階、イ)最終同意段階の2段階で、一括前払いしていただくこととなります。なお、主治医等への周知期間が必要となりますので、実施は今秋になる見込みです。(追って、主治医・患者家族にはご連絡する予定です。)
 また、これまで主治医を経由して患者・家族に負担金を請求していましたが、今後は、患者・家族の指定する連絡先に、連絡文書や請求書等を財団事務局から直接送付する方式に変更予定です。

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第2回ツール.ド.空海 参加報告レポート

永井 治彦

 去る4月25日〜5月5日、骨髄バンクキャンペーンRALLY「第2回ツール・ド・空海」が、四国八十八霊場を舞台に開催されました。
 私は自転車の経験はありませんでしたが、以前から骨髄バンクの活動とともに四国遍路に関心があったので、39名のエントラント(出走者)のひとりとして参加させてもらいました。MahoNET−21の清水さんご夫妻は、旦那さんはエントラントとして、奥さんはサポートスタッフとして参加されていましたし、骨髄提供経験のある嶋村君、自転車に乗っていて交通事故で亡くなった息子さんの供養のために出走したという佐藤さん、第1回も参加したという人も何人かいました。19〜61才まで、年齢も性別も様々でした。
 聞けば、10日間、約1,400kmにもおよぶ自転車のラリーというのはめずらしいのだそうです。一日に100〜170km走るのはさすがにハードで、日を追う毎に増す筋肉痛や膝、腰の痛み、いくつかの長い登り坂、ダート、雨、風・・・。しかし、スタッフやドナーを待つ中学生の女の子や行く先々のいろんな人に励まされ、お接待していただき、共に走り、一ヶ寺一ヶ寺チェックポイントをクリアーし、本堂や大師堂に手を会わせているうち、いつしか連帯感が生まれ、「なんとか完走したい」という気持ちが「みんなで完走するんだ」という気持ちに変わっていました。また土佐清水では骨髄バンクのシンポジウムが、善通寺市ではチャリティーコンサートも開催されました。そして最終日、87番から88番まで、白血病の患者さんが一緒に自転車で走ってくれました。88番までの道はずっと緩やかな登り坂が続き、陽が落ちてすっかり暗くなった7時半、スタッフの持つ大窪寺に彼女を囲んでみんなでゴールしたときは、言葉では言い表せない感動でした。
 骨髄バンクの推進に何か力になれればという思いで参加したはずだったのに、終わってみると逆に大きな自信と、感動と、元気を与えられたような気がします。自分たちの走る姿を見てくれた人が一人でも多く関心を持ってくれたら、そしてドナー登録してくれたら・・・。実際に走ってみて、患者さんとも接してみてあらためて思います。

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連載...”娘が再び命を得た体験談”

第4回 最終回

<退院>
 9月23日、加藤先生、森本先生より退院後の諸注意とありがたいお言葉をいただいて退院となる。
 加藤先生のお言葉。
 “おめでとう。家族、血液を提供してくれたボランティア、大勢の医療スタッフが、貴方の為に、一番良いと思われる方法で、一生懸命力を合わせて、ここまできました。後は神のみぞ知るところです。新しい命を大切に、悪い結果をあまり考えずに、一生懸命生きて下さい”。
 そう言われたとき、暗く長いトンネルを抜けたと感じたものです。また、“医者は病気を治すのではなく、病人を治すものです”ともおっしゃっていました。
 退院後1ヶ月間、週に1回の通院のため、母が借りたマンションで、万歩計で1日3千歩を目安に歩く等のリハビリをして過ごしました。マンションの近くに犬が繋がれていたり、子猫がうろうろしており、元来犬や猫が大好きなのですが、1ヶ月間無菌室にいた身体で抵抗力が少なく、触ることはできないけど、犬、猫に会いたくて、しんどくても頑張ってリハビリの散歩に出かけたものです。人が通ると鳴く犬でしたが、私達にはそのうち鳴かなくなり、猫もミャーミャーと近寄って来、気分転換になり、この犬と子猫には随分心が安らぎました。
 11月3日、入院後4ヶ月が過ぎ我が家に帰ってきました。帰ってみると、娘が拾ってきて10年間かわいがって飼っていた猫が、元気だったのに3日前にポックリ亡くなっており、悲しかったけど、身代わりになってくれたのではと本気で思っています。
 冬の間はほとんど横になる生活でしたが、亡くなった看護学生のMさんを目標に看護学校の受験もしました。結果は、勉強もほとんどしていないこともあり不合格でしたが、まだ体力的にも無理でした。春からは次の目標を立てました。車の免許を取ること。取れたら、不便な所に住んでいるため、車を買って貰い遠出する事が楽しみだったようです。一方では歯科衛生士になると決め、学校選び、受験にも備えるようになりました。
 県立の学校に決まったときはとても助かりました。学校の主任の先生が、入試の際受験生にどうしてこの学校を選んだかの質問に、親の経済的負担を軽くしてあげたいとけなげなことを言う子が何人か居たとおっしゃいましたが、我が家もまさしくそうです。
 骨髄移植にはとても費用がかかります。娘は当時19歳で、20歳未満までの小児特定疾患への助成で治療費は全額免除されましたが、認可されていない薬を使ったり、諸検査の費用、4ヶ月に渡るマンションでの2重生活での出費、病院個室の部屋代等かなりの出費でした。
 娘の学校が決まってすぐ私が乳ガンと診察され、同じ東海大学病院にて3月21日に手術を受け、1ヶ月半の入院生活をするはめになりました。余談ですが、自家骨髄移植は固形ガンにも有効でかなり行われています。女性に関係の深い乳ガン、子宮ガン、卵巣腫瘍等には良い成績が得られているようです。
 体力のことを考え、通学には近くにアパートを借りました。最初から車を持っていて贅沢と思われた方もいると思いますが、まだ歩いて遠くまで買い物に行くには無理で、車が足でした。でも若い身体の回復力は早いもので、夏頃にはすっかり別人になっていました。友達とも全く普通に接することができ、楽しく学生生活を送り、就職が決まった今、私達は夢のような思いです。
 同じ病気で苦しんでいる仲間が、移植によって再び命を得、何の問題もなく社会復帰できるこの姿を希望として頑張ってほしいものです。妹は今年成人式を迎えました。その際、私も20歳になったし、喘息も出なくなったし、ドナー登録をしようかなと言っていました。喘息持ちは麻酔の関係で登録できないので親は考えてもみなかったのですが、本人に任せようと思っています。提供できるのは50歳までの為、父は後3年でドナー登録から抹消されます。片方のハプロタイプが日本人には非常に珍しいため、なかなか適合者が現れません。欧米人に多いそうなので、そちらの方で必要なら提供したいそうです。今、世界中のバンクが手を繋ぐ方向に向かっています。

<最後に>
・ここまで来れたのは大勢の方々に支えられたお陰です。
・入院中遠い島根県から我が家に2年間も住んで家を守ってくれたおばあちゃん、親族。
・白血病は最初の治療が予後を左右するのですが、最初から骨髄移植を目標に治療をして下さった諏訪日赤の森下先生、手厚い看護と精神的に支えて下さった看護婦さん達。
・東海大学病院の加藤俊一先生をはじめとし、森本先生および移植チームのスタッフ。
・ドナー候補の方。
・血液提供のボランティア、血液センター。
・精神的支えの大平さん、つばさの会の皆さん。
・高校の校長先生、担任の先生、保健の先生、諸先生方、同級生。
 と、きりがない。
 神様は私達に辛い試練を次々と与えられましたが、その分、大勢の心優しいすばらしい人達と出会わせて下さいました。

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骨髄バンク関連図書の寄贈状況

  新たな寄贈先    主旨説明者   冊 数 
 豊科南小学校      石 井      3 
 豊科北小学校      石  井     3 
 日野小学校       大 西      4 
 信大第2内科病棟    事務局      2 
 信大医短大看護学校   事務局      1 
  累  計      139施設   381 

 この寄贈に関わる費用は、バザー収益金・信州ジャスコ店内設置募金箱や一般の方からの寄付金でまかなわれております。身近なところで、多くの方に利用していただける所、学校・図書館・理容店・美容院・病院等の待合室などポスターも合わせて寄贈しませんか。
 連絡をいただければ事務局でセットしてあなたに送ります。

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語りかける骨髄バンク 寄せられる温もり 募金箱

 信州ジャスコ(株)の店内には、骨髄バンクへの募金箱が設置されています。
 3月21日には、その募金箱の半期分として、172,554円のご寄付をいただいております。
 買い物に訪れた方たちが、1円・5円・10円・・・と募金してくださったものが各店から集められてその金額となるのです。
 以前、1万円札が6枚まとめて入れられていたこともありました。
 多くの人が、その時々の想いを込めて入れてくださるものなのです。
 私達つばさの会は、その温もりのこもった募金によってポスター・ステッカー・ポケットティッシュ・エコーはがき等を制作し、骨髄バンクのPRのために活用させていただいております。
 骨髄バンクの支え方はいろいろありますが、これもまた大切なひとつです。

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おたより

 5月17、18日と、佐久総合病院の病院祭が行われました。
 内科病棟のスタッフの方達が、今年の発表テーマではないけれどぜひ骨髄バンクのPRコーナーもと、パンフレットやポケットティッシュの配布をしてくださいました。
 その時、またひとつの輪がひろがりました。

 こんにちは 私はこの間の3月まで須坂東高校の3年9組だった田中しのぶです。今は佐久総合病院看護専門学校の1年です。
 斉藤さんには、私たちが高校2年の文化祭で骨髄バンクについて発表する際 たいへんお世話になりました。ありがとうございました。
 さて、今回お手紙を書かせて頂いたのは、私もつばさの会の活動に参加させて頂きたいと思ったからです。
 5月17、18日に行われた佐久総合病院の病院祭でつばさの会のコーナーに骨髄バンクのパンフレットをみつけて、高校2年のときの文化祭を思い出しました。
 今の学生という立場の私には何ができるかわかりませんが、今より多くの人に骨髄バンクを知ってもらうため、ぜひ何かお手伝いさせて下さい。お願いします。
                                                  田中 しのぶ

 田中しのぶさんは、骨髄バンクを通じて移植を受け、病院と闘った 丸山奏美さんの同級生です。奏美さんの渡したバトンをしのぶさんは大切に抱えていて、今彼女なりの走り方を始めていると感じます。

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活動予定

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書籍案内

「明日がいっぱい集まったなら・・・」 ごとう 和 秋田書店  790円
「微笑がえし」 遠藤 充 あさひ書房 1,600円
「骨髄移植ガイドブック」 加藤 俊一 日本医学館 1,500円
「悠君ごめんね」 高橋 照雄・真知子 マネジュ社 1,500円
「幸平、ナイスシュート!」 続木 敏博 あけび書房 1,400円
「病院で子どもが輝いた日」 斉藤 淑子・坂上 和子 あけび書房 1,600円
「あやちゃんのスケッチブック」 白根 厚子 新日本出版社 1,400円
新刊「青い鳥は生きている」 国方 学 ポプラ社 1,000円

上記の本は事務局にもあります。

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伝言板

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皆様のご寄付を心より感謝いたします

(敬称略・順不同)
匿名(20,000円)、須田 治(3,000円)
永井 治彦(5,000円)、関 茂樹(8,000円)
佐納 良裕(テレカ50度数2枚)、井上 裕子(テレカ50度数2枚、105度数1枚)

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