| 10月(人) | 累計(人) | |
| 長野 | 28 | 2,471 |
| 全国 | 2,790 | 177,739 |
10月の骨髄バンク推進月間は、推進月間の変更にもかかわらず、各地において数多くのイベントや、行政の持っている媒体を使ったPR活動が盛んに行われました。ドナー登録者は2790人。ご尽力をいただきました皆様に心からお礼を申し上げます。
各地の登録状況は、愛知県の20回を最高に、新潟10回、北海道、千葉の9回、福島、栃木、東京、京都の8回、沖縄7回、富山、岐阜、兵庫で6回のほか、各県で多数の登録会が開催されました。ショッピングセンターでの集団登録会開催は大きな実績をあげていますが、千葉の幕張メッセで開催された「東京モーターショー」は毎日100万人の来場者があるビッグイベントですが、同会場の献血併行登録会は新しい取組として注目されます。会期は2週間という長丁場でしたが、10月は7日間で134人(11月の会期分を含めると延べ230人超)の登録がありました。登録会数は過去最高の月間151回、登録者数は1537人。うち献血併行は125回で1161人、集団登録会は26回で376人でした。例年10月はイベントに乗じた登録会があり、登録者は推進月間ではなくとも多い月です。前年同月比では、献血併行登録会数では121%、登録数は125%で上回わりましたが、集団登録会は回数で63%、登録数は70%と落ち込み、登録会全体の登録数はほぼ横ばいでした。固定受付窓口の登録者は公共広告機構の新キャンペーンのスタートが7月と例年より早まり多数の媒体に露出したこと、政府広報を初めとする各地の複合的キャンペーンの結果対前年比130%となりました。なお、昨年の推進月間12月との比較では、献血併行の開催数は114%、登録者では110%と若干上回りましたが、集団登録会では登録会数、人数とも40%台と低く、推進月間としての登録者数は昨年をやや下回りました。今年は昨年まで推進月間だった12月に登録者の増加が見込めないことから、今年度の登録者数の増加が厳しい状況と言わざると得ません。
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]Z.準備、そして退院(Day+83〜104)
「肝臓の値がイマイチなんだよね〜」…このセリフを何回聞いたことでしょう。ほぼ一日おき、採血のたびに言われていました。皮膚に出たGVHDのかゆみもだいぶ治まり、ばっちり食欲も出てきた移植後80日目ごろから、どういうわけだか肝臓の値が悪くなってきてしまいました。いれかわりたちかわりで、いろんなことが起こるものです。私自身には何の症状もなく、薬もほとんど内服になっていて、肝臓さえよくなれば即退院できる状態まできていたんですが。いったい退院はいつになることやら、なんて考えていたそのころちょうどタイミングよくリハビリ用のエアロバイクが一般床にも設置されたので、こりゃかえって退院に向けての準備ができて好都合かもしれないと思いなおし、リハビリの先生に来ていただくことにして栄えある利用者第一号になりました。というのも、外泊してうちに帰るたびに、体力や筋力が著しく低下しているなあと感じていたのです。フライパンを持ち上げられないとか、階段を上るのがやっとこさだとか。入院している間は基本的に重いものなんかそんなに持つこともないし、歩く範囲もだいたい決まってしまいます。リハビリや外泊をくりかえして、ある程度家での生活にも体を慣らしてから退院すればすんなり日常生活に入れるかも、と思って、もうそれこそ毎週末には外泊させてもらっていました。エアロバイクも、最初のころは5分も続けるともう苦しくてヒーハーいっていましたが、そのうち10分、15分とできるようになってきて、うちに帰ってもトントントンと階段を上っていけるようになりました。継続は力なり。またツルツルだったアタマにも少しずつパヤパヤとした髪が生えそろってきて、ある朝ちょこっとねぐせがついているのを発見し、何だか嬉しくなって鏡を見ながらクスクス笑っているのを看護師さんに怪しまれたりしたこともありました。
そんなこんなで97日目、肝臓の値も落ちつき始めてきたのでいよいよ!いよいよ退院に向けてのヒックマンカテーテルの抜去&骨髄検査がありました。抜去するのにえらく時間がかかりましたが(主治医が傷をなるべく小さくしようとがんばってくれたらしい)長らくお世話になったヒックマン、本当によくもってくれました。君のおかげでとても助かったよ、今までありがとう。抜いてもらったヒックマンは始めからもらって帰るつもりだったので、看護師さんがきれいに洗ってくれました。主治医は神棚にあげとくとイイヨとおっしゃいましたが、全然信心深くない私じゃホコリまみれにしちゃうなと思って、お守り袋に入れて持ち歩くことにしました。今では携帯電話はうちに忘れてきても(意味ねー)、お守り袋は決して忘れません。その後主治医との退院後の生活についての面談があり、移植後104日目に退院になりました。数日前からあれこれと荷物の整理をしていたはずなのに、まだずいぶんたくさん持ち帰るものがありました(中身はほとんどお菓子とかカップ麺とかふりかけとか…いかに私が食い物に執着しているかがうかがえる)。患者さんたちや看護師さんたちが大勢見送ってくださって、なんだかちょっと恥ずかしいような気がしましたが、とても嬉しかったです。移植の患者としてはそれほど長くない入院期間だったと思いますが、たくさんの人にお世話になりました。でも、なるべくならもうお世話にならないですむといいなあーなんて思いながら帰宅しました。私の9ヶ月とちょっとの入院生活は、これで終わりとなりました。
][.そして退院後
うちに帰ってきてからも、日常生活はリハビリの甲斐あって問題ありませんでした。しかし、なんせ真冬で毎日のように雪が降っては積もり降っては積もり…なので当分の間は毎日ボケーっとコタツムリ。でも、かえってよかった面もあるかもしれません。もちろん風邪を引く心配なんかはありましたが、もし気候うららかな春のころだったら、どこかに遊びに行きたくてウズウズしてきちゃってこまったかも。そのうちに、できる範囲で家の中の手伝いをしたり、ゆっくり散歩に行ったりし始めました。どちらかというと出たがりな私の母は、うちの中で私がボーっとテレビを見たり本を読んだりしていられるのが不思議でしょうがないらしく、あんたずっとうちにいてよく退屈しないねーなどとさんざんいわれましたが、元々私はインドアな人間なので別に苦ではなかったです。とりあえず週に1度の診察で、冬の間はとにかく病院内のあちこちに風邪引きさんがウヨウヨしていて怖かったので、採血がすんだ後の待ち時間の間は病棟にいさせてもらいました。退院してからも、お腹の調子がまだあまりよくなかったのと、GVHDなのか多少目が乾きやすいのが気になったくらいでそれほど慌てるような症状が出たりすることはなかったです。免疫抑制剤の量もうまく調節できていたほうだと思います。そんなふうに、退院後もわりと順調にきていました。そして現在に至っています。...つづく
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例年、パネル展示とパンフレット配布で参加しています。
例年担当者は村岡さん・・・今年は斎藤が時間をまったくつくれずに、すべて一人でお任せの状態でした。今年もご苦労さまでした。
余談ですが、この村では文化祭に参加すると参加費をくれます。徴収されるのではなく、つばさの会がもらえるのです。毎年不思議に思いながらも、いただけるものはしっかりいただいております。
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(敬称略・順不同)
匿名(20,000円)
皆様のご寄付を心より感謝いたします。
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忘年会という言葉はダサいと、昨年平林姉妹(忘年会参加者)から指摘されましたので、こういうタイトルになりましたが、中身は恒例の大騒ぎ会です。今年も長門町姫木平のペンションを貸し切って開催いたします。皆様是非ご都合をつけてご参加ください。
留守番電話の場合には、お名前と参加希望をメッセージとしてお残しください。
地図は下記の通りですが、必要な方には詳細をお伝えします。
ペンションですので、洗面用具とタオル・パジャマはご用意くださいね。
それと・・・スキー場のある場所ですので、タイヤはスタッドレスで願います。
まだ雪はありませんが念の為に・・・
それでは皆様にお会いできるのを楽しみにしております。
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