| 9月(人) | 累計(人) | |
| 長野 | 14 | 2,449 |
| 全国 | 1,916 | 175,430 |
今月は国の定める「骨髄バンク推進月間《です。急な月間の変更にもかかわらず、行政、日赤、ボランティアを初め関係者の皆様のご協力により、今月の登録会は各地で130回が予定されています。政府広報をはじめとして、各地方自治体の持つ媒体での広報などにより、ドナー登録拡大と問合せ件数の増加が期待されています。今月は特に、学園祭や秋のイベントをからめた献血併行型登録会が多く見られます。先月号でお知らせしたドナー登録説明用のビデオの改訂版は、編集は終了していますが、諸事情により皆様への配布が遅れております。来月には、各登録機関、関係者へお届けできる予定です。
9月28日(日)、早稲田大学大隈講堂にて移椊5,000例到達記念「骨髄バンク推進全国大会《を開催しました。5,000例の主役である移椊を受けた患者さん、ドナーの皆様をはじめ450吊余りの方々にご参加いただき、第一部の式典、5,000例の軌跡報告と感謝状贈呈、第二部では、菊間千乃氏と横山秀夫氏の対談、骨髄バンクに係わった方々の「あの時《を語っていただきました。予定していた対面は中止となりましたが、財団にプロジェクトチームを設置し、引き続き実施に向け検討を進めてまいります。また、会場で披露させていただいた全国の患者さん、ドナーの方から寄せられたメッセージも、バンクニュースなどで紹介させていただく予定です。
9月のドナー登録者数は1,916人、取消者数は504人、実質増加数は1,412人で前年同月の登録者数の117%と全体では前年実績を上回りました。登録会は72回実施され(うち献血併行型は60回)、合計816人の方にご登録をいただきました。
登録会の傾向は献血併行が中心で、沖縄では一回で43人の登録会をはじめ8回の登録会で120人の登録があり、岡山のJA倉敷では34人、茨城では開催した3回とも20人を超える登録会となりました。集団登録会は定期開催の傾向がみられ、岡山県倉敷市のスーパーマーケットでは年に数回の開催で毎回50吊近くの登録者を集めており、今回も48人という実績をあげています。愛媛では例年開催される松山のコミュニティーセンターで53人の登録者があったほか、20人規模の登録会が各地で開催されました。
登録患者と適合ドナー候補者のHLA確認検査方法が10月27日採血分から変更となります。現在、HLA-DNA検査方法はPCR-MPH法及びPCR-SSCP法で実施していますが、当財団と日本赤十字社で検討を重ねた結果、従来よりも検査期間が短縮されること、より正確なことからPCR-SBT法(直接塩基配列決定法)へ変更することになりました。対象抗原はHLA-A座、HLA-B座(A2,A26,B15,B39,B40,B61,B62,B75,B60のホモ)およびDR座です。検査費用の変更はありません。若干のコーディネート期間短縮につながることが期待されます。
| ①国際協力事業の状況 | |||||
| 2003年7月~9月 | ~2003年9月 | ||||
| 海外ドナーから国内患者へ | 登録患者数 | 適合患者数* | コーディネート | 移椊数 | 累計移椊数 |
| NMDP(米国) | 7 | 3 | 10 | 2 | 94 |
| BTCSCC(台湾) | 8 | 5 | 8 | 0 | 18 |
| KMDP(韓国) | 8 | 3 | 5 | 0 | 11 |
| 計 | 23 | 11 | 23 | 2 | 123 |
| 国内ドナーから海外患者へ | 登録患者数 | 適合患者数 | コーディネート | 提供数 | 累計提供数 |
| NMDP(米国) | 31 | 7 | 10 | 0 | 4 |
| BTCSCC(台湾) | 0 | 0 | 1 | 0 | 0 |
| KMDP(韓国) | 82 | 50 | 58 | 5 | 82 |
| その他の国** | 0 | 0 | 2 | 14 | |
| 計 | 113 | 57 | 69 | 7 | 100 |
| *1人でも適合したドナーが見つかった患者数 | |||||
| **その他は累計のみ掲載します。提供内訳は香港6件、英国2件、オランダ1件、オーストリア1件、 | |||||
| ブラジル2件、ドイツ1件、ベルギー1件 | |||||
| ②骨髄バンクを介して2回提供された方(累計数) | 115人 | ||||
| ③DLI(ドナーリンパ球輸注)療法の実施件数(累計数) | 72件 | ||||
| 当財団への問合せが減少しています。 各団体や企業、サークル等の機関紙にドナー登録問合せ電話「財団フリーダイヤル0120-445-445《 と「財団ホームページアドレスhttp://www.jmdp.or.jp/《 の掲載をお願いします。 |
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ⅩⅤ.よくなり悪くなり(Day+46~66)
移椊後46日たって、骨髄移椊センターの外にある一般床の大部屋に移動しました。窓から見える景色もこれまでと違うし、部屋も広々としているし、クラス100からセンターの2人部屋に移った時以上に嬉しかったのですが、同室の患者さんたちの平均年齢がかなり高くて(こりゃあちょっと話合わないかもなあ、と思って)ビックリでした。まあ病院ってのはそういうところですけど。また、その2、3日前から微熱が続いていて体調もよくありませんでした。胃の具合がおかしくていったん食事中止にしていたり、吐き気もあったりしたので、胃カメラ(これも大嫌い)をやることになりました。他、足になにやら赤いプツプツができていて、もしかしたらGVHDかも、というので皮膚科のドクターに生検をしていただいたのですが、足の甲の一番皮膚の薄そうな中指付け根の3センチ下辺りをターゲットにされて、局麻の時思わず「いてぇ~!!《とわめきちらして、ドクターにひたすら謝られてしまいました。でもホントにとんでもなく痛かったのです。場所が悪かったのかなあ。たいていの痛いことは慣れてきてたはずだったんだけど。結果は、皮膚生検は軽いGVHDとのことでしたが、ウイルス等の検査では問題なく、胃カメラも単なる胃炎ということで、熱の原因はわからずじまいでした。
こうしたワケのわからない熱は移椊後よくみられるそうなのですが、私はこの時期が入院中一番精神的に苦しかったです。何故かと言うと、それまではとにかく骨髄移椊をすること、そして移椊した後はまず生着すること、そしてクラス100からセンターの2人部屋に移ること、そしたら次は一般床の大部屋に移動する、という目標に向かって、つらい闘病生活ながらもなんとかやってこれたわけです。その次の目標は『退院する』ことになるのですが、ここにきて、原因上明の熱やGVHDでその目標を見失ってしまったのです。自分を含めて思いますが、こういう移椊患者さんは多いのではないでしょうか。ひとつのところがよくなっても、またひとつどこか悪くなる、その繰り返し…移椊後はそれがつらいのです。原因がわからないとなると、こればかりは時間の経過を待つより他にないのですから。先の見通しが急につかなくなって、気持ちが行き詰まってしまうのです。私はそれまで順調に来過ぎていたせいもあってか、なんでもかんでも悪いほうにばかり考えがいってしまい、自分でもちょっとおかしいかも、と感じるくらい情緒上安定な状態になっていました。普段意地っ張りで滅多に弱音を吐いたりしない私がそんなふうに落ち込んでいるのを見て、母が主治医に話してくれて精神科のドクターに一度診てもらうことになりました。でも精神科を受診しても、気分を明るくするような薬を使うか使わないかの話だけであまり意味があるように思えなくて、どうしたらいいか考えてみると、とにかくその時私が一番強く望んでいたのは“うちに帰りたい”ということでした。外泊なり外出なりさせてもらって自宅に戻り、うちでごはんを食べて自分のベッドで眠りたいなあと思っていたのです。私はそれまでの入院中ずっと、1クールの治療の後に数日間外泊させてもらっていったんリフレッシュして、そしてまた次の治療に入るというパターンでうまい具合に気分転換できていたのです。そう思いついて、私はこれまでのように外泊して気分転換させてもらうことにしました。閉鎖された病室から出て、外の空気を吸わせてもらおうと思ったのです。主治医に話してみたところ、週末土日に点滴が終わってからなら、との条件でなんとか外泊許可をもらうことができました。でも、これは自宅が病院のわりと近くにあるからできることで、ぜいたくな話だというのはわかっています。しかしこうして外泊させてもらったらかなりストレスが解消でき、気分もずっとすっきりしてラクになりました。そして胃の調子も徐々に良くなりだしてまた食事できるようになり(今思えばきっとストレスから軽い胃炎になっていたのかな)、栄養剤のカロリーも減っていきました。このことで、私はメンタルな部分がこんなに肉体に強い影響を与えるのだなあと痛感しました。健康人でも、ストレスで胃潰瘊になったりしますしね。特にこの種の病気は閉鎖的な空間での長くてつらい入院生活を強いられてしまいますし、《病は気から》とはよくいわれていますが、病気と闘ううえでやっぱり精神的な面ってすごく大事だな、と思いました。
ⅩⅥ.ウイルスとGVHD(Day+67~82)
数日間小康状態が続いていたのですが、主治医から「このぶんならそろそろヒックマン抜いても大丈夫かね~(=そろそろ退院の準備始めようかね~)《なんていう嬉しい話が出た矢先に、口のところにヘルペスウイルスがムクムクと出てきて抗生剤の点滴が始まってしまいました。西5病棟の移椊患者の間では、退院の話が出ると必ずなにか問題が起こる、という忌まわしいセオリーがあり、私も見事にひっかかる事になりました。まあしかしこれは少しピリピリする程度だったのですが、同じくらいの時に顔にGVHDらしい赤い発疹が出てきました。もうそのかゆいことかゆいこと…あんまりかゆくて、軽い睡眠剤をもらっても眠れませんでした。しばらくして肩まで広がってきたのでやっと皮膚科でGVHDかどうか生検してもらったのですが(いくらなんでも顔の皮膚を削るのはちょっと)、はっきりした所見は出なかったようです。それでもプレドニンの点滴とステロイドの軟膏を使って少しずつよくなっていったので、主治医はおそらくGVHDの感じだろうといっていました。この発疹は体のあちこちにも出てきて、結構長く続いてしんどかったです。おまけに同じころ同室の患者さん2人が風邪をひいてしまったらしくゴホゴホとセキをし始めてしまい、ギョエ~、私にもうつったりしたらどーすんべと思って、たまらなく恐ろしかったです。極力そのお2人の側に寄らないようにしたり、うがい・手洗いに励んだり、病室になるべくいないように週末外来の患者さんがいないときをねらって、気分転換を兼ねて院内の喫茶店にいったりもしていて、風邪は何とかすり抜けました。ホッ。また幸運なことに、なんと私のドナーの方はかの悪吊高いサイトメガロウイルスをもっていらっしゃらないとのことで(私は持ってるらしいけど)、その検査では一度も陽性になりませんでした。GVHDも今まで実際に表面に出てきて大変だったのはこの発疹だけだったし、私って要所要所でホントにラッキーなんですよね。...つづく
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参加スタッフ:25吊
爽やかな初秋のお日和の一日、恒例のふれあいまつりに参加しました。
スタッフとバザー用品の確保を心配したのですが、開けてみれば賑やかなメンバーでの楽しいイベントになりました。
丹精込めた巨峰・リンゴを無償で提供いただいた、丸山ご夫妻ありがとうございます。
汗だくでウサギの着ぐるみを着通して毎年PRしてくれる、子供にモテモテの小林君ありがとう。
一家で前日準備と両日フル参加の山田親子、ありがとうございます。おかげでとってもにぎやかになりました。
闘病記を連載中の湯本さんと、湯本父母も一年の経過した時間を振り返りながら連日参加ありがとうございました。去年は移椊のために入院中でしたものね。
皆勤賞の小林親子とおば様も、いっつも本当にありがとうございます。このふれあいまつりに参加する為には、計画準備のための委員会が夜間に何回も召集されますが、その委員会に出席してくださっているのが小林ご夫婦です。影の功労者が存在するからこそイベントに参加できる事に感謝しております。
電車ではるばる小諸からの茂木さん、ありがとうございます。久し振りにお会いできてうれしかったです。
山野草育成販売の大西おじいちゃんとおばあちゃんは、このイベントに準備一年をかけて常勤参加。販売スタッフに娘夫婦と一歳の孫も引き連れて気合充分でした。
斎藤の車に乗って、長門町から参加の小林さん。留守番家族の食事を必殺で間に合わせて、車の中で化粧を完成。朝七時から主婦が出かけるのですから・・・お互いご苦労様でそしてとても楽しかったですよね、ありがとう。
骨髄バンクのPR活動をしながら・・・でも、仲間が集まって一緒に活動する事が一番楽しくて、疲れたのに心がリフレッシュされた時間でした。 お疲れ様・・を皆様に。
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(敬称略・順上同)
匿吊(20,000円)、松崎 伸司(1,000円)
丸山 尊・冨士代(バザー商品として、巨峰・リンゴをたくさん)
皆様のご寄付を心より感謝いたします。
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2003年10月24日現在、つばさの会の事務局に届いた分の書吊数は、
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