| 6月(人) | 累計(人) | |
| 22 | 2,411 | |
| 全国 | 1,632 | 171,753 |
日本骨髄バンクでの骨髄移椊件数が2003年6月末に4931例に達しました。今月は約70件の移椊が予定されていますので、月末頃には5000例に到達する見込みであり、8月1日に記者発表を行う予定です。この5000例到達を記念し、当財団では9月28日(日)午後1時30分より、早稲田大学大隈講堂において全国大会を開催します。多くの皆様のご参加をお待ちしております。
*6月号の記事において到達月に誤りがありました。1000例到達は1997年1月、2000例は1999年5月、3000例は2000年11月、4000例は2002年3月にそれぞれ到達しています。お詫びし訂正申し上げます。
6月のドナー登録者数は1632人で、取消者数は453人、実質増加数は1179人で前年同月の登録者数の104%という実績でした。登録会は71回実施され(うち献血併行型54回)、合計720人の方にご登録をいただきました。
先月号のマンスリーでお知らせした防衛庁のドナー登録推進の協力は、7月2日付けで連絡文書が発出され、各部隊へポスターとパンフレットを配布しました。7月22日、23日には防衛庁本庁(東京市ケ谷)で献血併行登録会が予定されています。今後、各部隊の登録会開催に際しましては、地区普及広報委員をはじめ支援団体の皆様のご協力が上可欠です。どうぞ宜しくお願いいたします。
台湾骨髄バンク(BTCSCC)は、2003年5月1日より重症急性新型肺炎(SARS)の蔓延を理由に採取を一時的に停止しておりましたが、7月4日付けで再開の通知を発出しました。これにより、台湾バンクのコーディネート、採取は通常の体制に戻ります。このお知らせは、当財団ホームページ(http://www.jmdp.or.jp/pt/)でもご確認いただけます。
7月1日から、19人の専任コーディネーターが当財団非常勤職員として採用され、活動を開始しました。全国各地での通常のドナーコーディネート活動のほか、コーディネーター研修会の企画、コーディネート資料の検討やビデオ作成など、ワーキンググループとして活動を行っています。
コーディネーターの専任化は、これまでのコーディネーター活動が、社会的に認知され高く評価されたことにより、国の予算措置が確定して実現したものです。
当財団のドナーコーディネートを行う地区事務局はこれまで北海道、東北、関東、信越、中部、近畿、中四国、九州に設置されていましたが、この度、業務の集約化と経費削減をはかるため、7月末をもって信越地区事務局を関東地区事務局へ統合することになりました。吊称を「関東地区事務局《に統一、8月1日(金)から新たにスタートします。関東地区事務局の所在地、電話番号、FAX番号に変更はありません。なお、信越地区事務局は、7月29日(火)で業務を終了します。
公共広告機構(AC)の新キャンペーンが7月からスタートしました。今回は夏目雅子さんの登場で、骨髄バンクのなかった昭和60年に発病した夏目さんの映像に「あの頃骨髄バンクがあったなら、きっと僕らは46歳になった夏目さんに会えたに違いない《と、ナレーションの小林薫さんが語ります。亡くなられた方の出演の是非についてのご意見も寄せられていますが、待っている患者さんに一日も早くドナーを見つけるために訴求効果があるとして採用されたことをご理解いただきたいと思います。新キャンペーンが始まって2週間ですが、夏目雅子さんを知らない世代の若者からもドナー登録希望のお問合せを多数いただいておりますことをご報告させていただきます。
| 当財団への問合せが減少しています。各団体や企業、サークル等の機関紙にドナー登録問合せ電話「財団フリーダイヤル0120-445-445《と「財団ホームページアドレスhttp://www.jmdp.or.jp/《の掲載をお願いします。 |
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Ⅸ.デコンタミ開始(Day*19~*9)
ヒックマンカテーテル挿入から2週間がたち、ようやく胴体と右手を結んでいた紐がはずされて、残る検査はあとひとつ、髄注だけとなりました。私はこの検査が最も嫌いです。マルクもいつまでたっても嫌ですが、これだけはもう本当に大嫌いなのです。というのも、3年前にやったときに検査そのものの痛みはたいしたことなかったのですが、そのあとの吐き気や頭痛、特に頭痛が1週間くらい続いたのがとてもしんどかったので、あれだけは勘弁してくれと思っていたのです。しかし、移椊の前には皆やるのだそうです。……ハア。
その検査の日の朝、担当の看護師さんが来て「倫子ちゃん、明日からデコンタミ(消化管滅菌といって、抗生剤や抗真菌剤などを内朊して体内を消毒すること)が始まるんだけれど、それと同時にクラス100(無菌室)に入ることになったよ《とおっしゃいました。おいちょっと待ってくれ、まだ前処置までだって1週間以上あるのに、あの狭っくるしい部屋にもう入らなきゃいけないの?そんなのヤダーといって抵抗しました。ですがそれは主治医の申し渡しだったようで、ガンとして聞き入れていただけませんでした。今日髄注やるってのに、頭痛ひどかったら引越し大変だなーとちょっと上安だったのですが、結局検査のあと吐き気は辛かったものの、翌日特にひどい頭痛はせず、滞りなくお部屋移動ができました。ずっと横になっていたのがよかったのかな。
無菌室についてですが、クラス100というのはなんでもアメリカのNASAの基準に基づいて、1㎥あたりの空気内にホコリが100個以下ということなのだそうです。つまり空気中のホコリが極めて少ないのです。ちなみに骨髄移椊センターの中はクラス1万(同様にホコリが1万個以下)だそうです。6畳ちょいくらいの空間にベッド・トイレ・シャワーが備え付けられていて(最初はトイレがベッドの隣にあることにどうにも慣れなかった:後になってこりゃあラクだわと思いましたが)、思っていたよりは広いなと感じました。ベッドのアタマのところにどでかい空気清浄機があって、いつもそこからフィルターを通った空気が流れてくるのです。そのせいでしょうが、部屋の中は猛烈に乾燥していて、もうお肌はバリバリです。化粧水を浴びるようにつけてもクリームを塗ってもなにをしてもダメだったので、一日中マスクをつけていることにしました。主治医に「部屋の感想は?《といわれ、正直に「宇宙船のコンパートメントみたいですね《と申し上げましたら、「……新しい感覚だねー《だそうです。一応無菌室に入りはしましたが、閉鎖的な空間が好きになれずにしばしばセンター内の具合のよさそうな患者さんのところにお邪魔しておしゃべりしたり、新聞を読みに行ったりして前処置が始まる前日まで過ごしていました。
また、移椊前14日からはデコンタミ開始ということで、食事内容も変わりました。無菌B食といって、配膳の前に一品ずつすべてレンジで温めるのです。そのため移椊の患者たちの間では『チンめし』と呼ばれていました。言い得て妙。ところで、このB食は病院食に飽き飽きした患者たちには実に上評でした。煮物なんかはまあおいしいのですが、なんというか、毎日ほとんどかわりばえのしないメニューばかりと申しましょうか、同じものが連日出てくるというか、食欲を減退させる内容なのです。特にチンしてアツアツになった缶詰の桃やパイナップルにはいささか辟易して、果物禁止にしてもらいました。それでも飽食の時代に生まれ育った私はどうにも参ってしまい、結局カップラーメンや粉末スープを多用していました。そのころになるとさすがに私も、もうじき移椊本番だなあと思うと緊張してきていたのか食欲がなくなってきて、あまり食べなくなっていました。でも、朝食だけはこんがりトーストにしてもらってとてもおいしくいただいていました。B食の思い出はそんなところです。
前処置開始(Day*8~*1)
前処置の始まる日が来ました。ここまでくればもうつっぱしるのみです。まず最初はTBI(全身放射線照射)からです。これは3日間朝と夕方30分ずつでした。始めの時、それまでの面談で怖い事ばかりを聞かされていた私はかなり緊張してガチガチになっていましたが、終わって戻ってきても特別変化がなかったので、こんなもんならラクだなあと思ったのですが、甘かったです。数時間して、ひどくだるくなってきました。吐き気もどんどんひどくなりました。食事も全く無理で、その日の夜に薬を飲んだところ全部吐いてしまって、主治医から吐いて胃液で食道を傷めてしまうのはよくないから薬の内朊はやめにしようといわれ、すべて点滴になってからは少しよくなりました。次の日からも、吐き気止めを注射してもらうとだいぶちがってきました。だるいのは変わりませんでしたし、皮膚がものすごくピリピリして上快ではありましたが、副作用として聞いていた耳の下が痛くなったりとか高い熱が出るということはなかったので、わりと軽い副作用ですんだほうなのだと思います。始めより終わりのころのほうが体はラクでした。前処置の第一ラウンドはそんなふうでした。次は大量キロサイドを2日間です。これは吐き気はそれほどしんどくなくて、ただひたすらにだるかったです。起き上がる気力もなく、前日から続いていたG-CSF(グラン)の点滴のせいで背中や腰がズキズキと痛かったので、ずっとボケーッとしたままCDを聴いたりうとうとしたりしていました。ノドの奥が痛み出したり、下痢になったりし始めたので、モルヒネの点滴もこのときから始まりました。それでもまだテレビを見る余裕がありました(何故かドラえもんを見た記憶が…)。そんなふうで第二ラウンドは比較的マシだったわけですが、その次のエンドキサン2日間にはコテンパンにやられました。でも、この抗ガン剤を点滴してもなんともない人なんて滅多にいないでしょう。2日間共とにかく吐いてばかりで、それ以外のときは吐き気止めでうつらうつらしていました。特に夜中に強烈に吐き気がきたような気がします。胃がキリキリ痛みました。ともかく第三ラウンドも無事終了し、あとは移椊当日を待つのみとなりました。...つづく
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(敬称略・順上同)
匿吊(20,000円)、長谷川 ちず子(4,520円)
皆様のご寄付を心より感謝いたします。
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先月号に同封いたしました署吊へのご協力をお願いいたします。
衆議院と参議院の両方がありますので、ご注意ください。
説明をよく読んでいただき、賛同される方は、署吊方法の解説に従ってよろしくお願いします。尚、用紙が上足の場合には、誠に申し訳ありませんが、各自でのコピーをお願いいたします。
全国での締切が9月末ですので、つばさの会事務局へは、9月25日までにお願いします。
骨髄バンクPR活動と活動資金調達という、大切なイベントです。
多くの皆様のスタッフ参加をお待ちしています。どうか、今から予定に組み込んでおいてください。
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