つばさ通信

編集・発行元:事務局
毎月1回発行

2002年2月発行(第144号)

骨髄データ登録者数

1月(人) 累計(人)
長野 13 2,194
全国 1,629 149,049
*患者現在登録数:1,679人(内 長野県 26人)

公的骨髄バンクを通じた骨髄移植 1/31現在 (3,817例)


今月号の内容

 
Monthly Report
活動報告
「心に残る医療」私の体験記コンクール
ドナーと元患者が初対面
さい帯血培養、移植
年度切り替え 更新の時期になりました
伝言板
皆様のご寄付を心より感謝いたします

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Monthly Report

2002.2(骨髄移植推進財団発行より抜粋)

1. 患者負担金の改定。医療保険適用の可否等により、3月上旬、最終決定。

2月1日(金)、4月からの患者負担金の改定について事前のお知らせをいたしました(http://www.jmdp.or.jp/info/news/)。当財団では、昨年から関係者とともに、国に対し「骨髄バンク事業への医療保険適用」について全力で要望運動に取り組んでおります。しかし、結果については全く楽観視できない状況。来年度の国庫補助金の減額は確定しており、医療保険適用が十分になされなかった場合には、まことに遺憾ではありますが、患者負担金の値上げに踏み切らざるをえない状況です。骨髄バンク事業を着実に進展させ、より多くの患者さんに移植のチャンスをお届けするためには、どうしても必要な運営経費を確保しなくてはならず、4月1日より患者負担金を改定させていただく予定です。なお、3月上旬には医療保険適用の可否、範囲、額が明らかになる予定です。これにより、もし当財団の財源が確保された場合にはそれに見合った改定額の見直しを行ないますので、最終的な改定額や具体的な移行措置などはあらためてお知らせいたします。

患者さん、ご家族へのアンケート実施。ご理解ご協力をお願いします。

当財団設立10周年にあたり、昨年11月に、骨髄バンクを介して移植を受けられた患者さんと、骨髄提供をされたドナーの方へのアンケートを実施いたしました。このたび、第2弾として、移植をお受けになられたものの残念ながら亡くなられた患者さんのご家族、移植を希望しながらも移植を受けられなかった患者さんとそのご家族を対象にアンケートを実施しております。移植を希望された方で、残念な転帰をとられた患者さんも数多くいらっしゃるのも事実であり、そのご家族の方へアンケートを差し上げることは、大変心苦しいことではあります。しかし、こうした方々の忌憚のないご意見こそが、今後の骨髄バンクの充実と発展のために役立つものと考え、ご協力をお願いした次第です。今回のアンケートは、厚生労働省研究班との共同研究として、今後の骨髄移植医療の改善、発展に役立てる目的で行なわれるものです。アンケート結果は今年度中に解析を行い、厚生労働省へ研究班報告として報告されます。概要は「バンクニュース」や当財団のホームページなどで公表する予定です。

国会議事堂でドナー登録会開催。2月26日(火)、衆議院中庭にて。

2月26日(火)、国会議事堂衆議院中庭において、献血併行型ドナー登録会が開催されます。骨髄バンク議員連盟(会長:野田聖子衆議院議員)の企画とご尽力により実現したもので、国会初の献血・ドナー登録会となります。多くの議員、秘書、国会職員の登録が期待されます。中央省庁では献血併行での登録会の実施が相次いでおり、これまで農林水産省、国土交通省、厚生労働省、経済産業省、外務省、総務省、財務省で開催され、総登録者数は266人にのぼりました。

1月の登録会報告。登録者の過半数376人が庁舎での登録会で。

1月のドナー登録者数は1629人で、取消者数は654人、実質増加数は975人という実績でした。登録会は60回実施され(うち献血併行型54回)、合計744人の方にご登録をいただきました。過半数の376人の方は、庁舎での登録会でした。厚生労働省、農林水産省で3回開催されたのをはじめ、都道府県庁舎、市庁舎、町村役場での登録会は7都道県(千葉、広島、福岡、北海道、福島、神奈川、東京)で13回開催、16市区町村(宇都宮、徳島、松江、仙台、柏崎、京都、姫路、横浜、西宮、静岡、津山、福山、萩、東京都江戸川区、沖縄県川副町、沖縄県旭村)で計19回開催されました。中央省庁、各行政機関のご理解ご協力に心より感謝申し上げます。
都道府県別の登録会の開催数は、東京8回、沖縄7回、福岡5回、広島、徳島4回。新潟、福島、岡山、京都、兵庫、神奈川、宮城、北海道、和歌山、静岡、栃木2回。滋賀、高知、千葉、熊本、愛知、山口、茨城、島根、佐賀、大阪が1回でした。

「移植認定施設空き状況検索システム」を公開しました。

2月14日より財団が認定している移植施設の、患者受入可能時期や病院の移植実績などの情報を調べることができるホームページを公開しました。移植病院決定等のためにぜひご活用ください。ホームページのURLは、http://www.jmdp.or.jp/pt/ です(メニューの「移植認定施設空き状況」をクリックしてください)。

唐沢寿明さん呼びかけによるオークション収益金、当財団にご寄付。

NHK大河ドラマ「利家とまつ」で利家役をつとめる俳優 唐沢寿明さんが、所属プロダクション「研音」のタレント仲間に呼びかけて実現した骨髄バンクチャリティオークションの収益金、約139万円が当財団に寄付されました。新聞で当財団の財政危機を知った唐沢さんの提案で実現したもので、昨年12月3日〜16日まで、研音の携帯電話サイトとホームページ上でオークションが実施されました。期間中のアクセス数は2830件。唐沢寿明さんをはじめ、研音のスタッフの皆さま、オークションにご参加いただいた方々に、厚くお礼申し上げます。

「プロジェクトX」2月26日(火)放映決定。骨髄バンク誕生の物語。

NHK総合テレビ2月26日(火)21時15分〜21時58分放映の「プロジェクトX」で骨髄バンクが取り上げられます。タイトルは「奇跡を生んだ命の架け橋(仮)〜日本初・骨髄バンク誕生〜」。日本の骨髄バンクの先がけとなった東海骨髄バンク誕生、そして第1号移植への道、日本の骨髄バンク実現のため、ボランティアで心血を注いだ人々のドラマが紹介されます。

DVDプレーヤー・液晶テレビの貸し出しとCD−ROM配布について。

このたび、ソニー株式会社より骨髄バンクの普及啓発活動に役立ててほしいと、DVDプレーヤー30台、液晶テレビ14台、バッテリー20台が寄贈されました。当財団では、これに伴い登録説明用ビデオ「骨髄提供登録希望者の方へ」のCD‐ROM版を制作しました。再生ソフトをダウンロードすることでパソコンでの再生も可能。ビデオ上映設備のない会場や、バスなど狭い会場での登録会開催など活用範囲が広がります。DVDプレーヤー等の貸し出し、CD−ROMの配布については、当財団広報渉外部までお問い合わせください(電話03‐3355‐5041)。

「患者さんと主治医のためのパンフレット」改訂版と「10周年記念誌」。

当財団医療委員会編集の「患者さんと主治医のためのパンフレット」改訂版が完成しました。また、昨年発行した10周年誌「日本骨髄バンクのあゆみ」の在庫が若干ありますので、ご希望の方にお送りいたします。両書とも、お申込みは当財団ファックス(03‐3355‐5090)に、住所、氏名、電話番号、部数を明記のうえお申込みください。なお、財政難のおりから、印刷実費、送料などの経費がかかっておりますので、寄付金の振込用紙を添えさせていただくこと、記念誌については先着順、お一人2冊までとさせていただくことをご了承ください。

ドナーズネット(http://www.donorsnet.net/index.shtml)、アンケート実施中。

新着情報:1997年、白血病を発病し、2年後に骨髄バンクを介した骨髄移植で完治。療養を続けながら高校を卒業し、今年1月就職したばかりの小畑和馬さんと、職場や家族の理解に助けられ、ドナーとなった中島朝雄さんのインタビューが掲載されています。
また、ドナーズネットのトップページのリニューアルを機に、3月20日まで、ドナーズネットをご覧いただいた感想についてのアンケートを実施していますので、ご協力ください。

当財団への問合わせが激減しています

各支援団体や企業、サークル等の機関紙にドナー登録問合せ電話「財団フリーダイヤル 0120−445−445」、「ドナーズネット http://www.donorsnet.net/index.shtml」の掲載をお願いします。マスコミ取材の際にも掲載依頼をお願いします。

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活動報告


2月15日(金) 軽井沢高校1年生の学級での講演会...代表 齋藤

授業の50分をいただいて、40名ほどの皆さんにお話をさせていただきました。
私の出逢った四人の方の事を中心に話をさせていただきました。
何か心に届いたものがあると嬉しいのですが。
担任の先生とは、とても長いお付き合いで、たくさんの出逢いのチャンスを作っていただいてきています。

2月20日(水) 長野県骨髄移植推進連絡会議...代表 斎藤

年に一回、県庁で開催される上記会議に出席いたしました。
県の担当者、県内の調整医師の方々、データセンターの担当者、各地保健所の担当者などが一堂に会する、それだけでも意義があると思われる会議です。
それぞれの立場からの提案がありましたが、骨髄移植医療の抱える様々な問題が垣間見えるものでした。
県内での骨髄バンク推進という観点からは、登録できる施設が増えている事の告知の徹底、そして基本に戻って、骨髄バンクを正しく伝えるための会合の開催が必要だと話し合われました。

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「心に残る医療」 私の体験記コンクール


どんな場面でも、素敵な人に出遭えた事でどれくらい救われてきたことでしょう。
素敵な医療書と巡り合えた息子との闘病が、骨髄バンクを支えようとする時間を創りました。その日々を継続できているのは、素敵な仲間の存在です。た<さんの「ありがとう」を改めて息子と共に伝えたくてこの作品を書さました。原稿用紙5枚には収めきれない想いがいっぱいです。書き上げたことで充分だった私は、実はとっても困っています。
...斎藤嘉美

(2002年2月21日付け 読売新聞より)

第20回「心に残る医療」私の体験記コンクール(読売新聞社、日本医師会主催、アメリカンファミリー生命保険会社協賛、暮しの手帖社協力)で和田村中組、栄養士斎藤嘉美さん(41)=写真=の「ありがとう」が佳作に選ばれた。「ありがとう」は、生後7ヶ月で白血病が発病、1989年に2歳11ヶ月で亡くなった二男の闘病生活と、二男や家族を支え続けた医療スタッフの姿をつづった。斎藤さんは現在、骨髄バンクの推進活動などをしている「つばさの会」の代表。「息子を語ることが、人に病気を理解してもらうことにつながる。息子は今も、私の中にごく普通にいます」と活動に打ち込んでいる。

斎藤嘉美さん(和田村)

佳作「ありがとう」


何を願っているのだろうか。病院のベッドで白い顔をして、ひっそりと眠っている幼い息子の寝顔を見ながら何度もそう思った。
生後7ヶ月で白血病にかかってしまった息子は、白血病細胞に脳も冒され、そのために全身の機能の多くを失ってしまった。自分では身体のバランスも保てない、立つことも歩くこともできない、最も愛らしく成長していくべき日々が、生命の灯を削っていく時間になっていた。お気に入りのオモチャを持つことができるのも左手だけ、右手は思うように動いてはくれなかった。そして何よりも、言語能力をも失った息子は、辛い闘病の日々の中で、ただ無言で泣く事だけが、自分の苦しみを伝えるせめてもの抵抗だった。
そんな我が子の幸せを少しでも探して守ってやりたいと願っていた。激痛を伴う治療にさえ痛いの一言も言えない子の、残酷な悲しみを誰よりもわかってやりたかった。
病気の絶望的な進行の中で、その思いは更に強いものとなり、生命を永らえる事よりも、刻まれていく生命の時間を少しでも優しいものにしようと考えていた。そして、それをできるのは母である私しかいない、そうかたくなに思い込んでいた。
ある日、息子の主治医が外来の診察の後に、改まった口調で話しかけてきた。
「お母さん、一人で項張ることはないんじゃありませんか、キー君に私たちもついています。気持ちはお母さんと一緒です。そろそろ入院してみんなでキー君を支えませんか?」
病状の進行を承知の上で、再入院を選択せず、家で息子の最期を看取る覚悟もできていて、そのための準備さえも始めていた。そんな私の心を察していただろう主治医が、それでもとついに口を開いたのだ。
「一人で…」
その言葉を口にした時の主治医は私と同じ悲しみを感じさせた。どうにもならない現実の中で、けれど一緒に…。その瞬間、私の心からスーッと力が抜けていくのを感じた。息子の残された時間を出来る限り優しいものにしたいと願っていたのは、私だけではなかったことに、その時ようやく気が付く事ができた。
点滴につながれる日々が始まった時、主治医は息子に素晴らしい約束をしてくれた。
「左手への点滴禁止、そうカルテに日本語で大きく書いておいたぞ、これで僕がいない時でも大丈夫だぞ」
医師として、そして人間として、大切な左手の自由を守ってあげられると、本当にうれしかったのだろう、主治医はとびっきりの笑顔で息子に語りかけていた。この約束は最期の瞬間まで大切に守られ、息子の左手がオモチャをつかめなくなっても、宝物のように扱われた。
血小板の少ないのを承知しつつ、硬いせんべいを食べさせて、口内からの出血が止まらなくなり、夜間の緊急輸血になった時には、食べさせてすいませんと謝った事を怒られた。
「食べたいもの、食べれるものはなんでもあげてください。出血したら輸血すればいい、それは僕ができる」
せんべいをかじりながら、血小板の届くのを待って親子で過こしていたあの夜は、悲しみと背中合わせなのに、ほのぼのとした穏やかな時間が流れていた。
最期の瞬間が近い事がわかるようになった時から、それまで関わってくださった病院のスタッフが、勤務明けに病室に立ち寄って行くようになった。次に勤務に来る時息子はいないかもしれない、誰も悲しみを隠そうともせずに、涙を流しながら病室に入って来ては、それぞれの別れを告げていた。
「おまえよく頑張った」
発病入院時の主治医が、転勤先の病院から深夜に訪れた時、髪の毛をクシャクシャなでながら息子にしみじみと語りかけていた。
その瞬間は、願った通りの優しさに満ちて訪れた。点滴と、心電図のモニターのみの静かな病室でいつのまにか息子の生命は境界線を越えて逝った。父親の身体を枕にして、私が身体を拭いている時に、そっと心臓が動きを止めたのだろう。両親の腕の中にいて、それでもわからないまま別れて逝ってしまった。
この静かな最期は、医療スタッフの息子への愛情なくしては有り得なかったと振り返ってしみじみと思う。
医学の力では助けられない患者、その現実を認めた時点から、治す医療から支える医療へと切り替えてくれた。それも白衣を脱いだ心のままに。医学の限界を時には恨んだ私ではあるが、その限界を乗り越えるパワーを人間が持っている事を教えられた。
何を願っているのだろう、息子の寝顔にいつも問いかけていた私は、亡くした後に更に思う。 もしも、言葉を話せたら最初の言葉はなんだったろうか、と。「ママ」と言われたいと願いつつも、きっとたくさんの人たちに言いたい言葉は一つだろうと思っている。

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最高のXマスプレゼント
札幌で骨髄移植シンポジウム
ドナーと元患者が初対面 国内2例目


(2001年12月22日付け 毎日新聞より)

骨髄移植を受けた患者とドナーが21日、札幌市で初めて対面した。国内では、プライバシー保護や金銭授受につながることを恐れて、お互い名前も知らないルールになっており、家族・親族以外で骨髄の提供を受けた患者とドナーの対面は、これが2例目。2人にとって最高のクリスマスプレゼントとなった。
対面したのは、骨髄異形成症候群の患者だった千葉市の小児料医、原木真名さん(38)と、ドナーの大阪府豊中市の主婦、興野直子さん(36)。2人は21日に札幌市中央区で開かれたシンポジウム「21世紀の造血細胞移植に望むもの」(日本造血細胞移植学会、骨髄移植推進財団主催)に、それぞれ聴衆として参加した。
原木さんは、患者とドナーの対面について語る別の元患者の発言に促されるようにマイクの前に立ち、「8年前に骨髄移植を受けたが、提供者に会えていない」と発言。これを聞いた興野さんが「8年前に骨髄を提供した」と名乗り出たことから、組み合わせが分かった。
原木さんは「顔を見てお礼を言えるのは本当にうれしい」と目を潤ませた。興野さんは「元気な姿を見られてうれしい。ドナーは命をかけて骨髄を提供するのだから、骨髄バンクは今後、ドナーと患者が望むのなら対面させてほしい」と言った。

初対面を喜ぶ元患者の原木さん(右)とドナーの
興野さん(中央)、興野さんの長女の真由ちゃん(左)

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さい帯血培養、移植


東海大グループ 初めて大人の患者に


(2002年2月6日付け 朝日新聞より)

東海大学の堀田知光教授(血液内科)らの研究グループが、マウスの細胞の助けを借りてヒトのさい帯血を大幅に増やす方法を開発し、4日、初めて大人の患者に移植した。さい帯血移植は白血病などの治療法だが、さい帯血は少量しか採取できないため、これまでは子どもの患者でないと十分な効果が期待できなかった。ただ、未知の病原体がマウスから感染しないか、さらに安全性を検証する必要がある。
移植を受けたのは、正常な血液の細胞ができなくなる骨髄異形成症候群の神奈川県の40代の女性。骨髄バンクにも登録していたが、免疫的に適合する提供者が長く現れず、ほかに治療法がなかったという。今月中にさらに白血病の初代の男性にも移植する予定だ。
堀田教授らは、さい帯血に特殊な物質を与えて刺激したうえで、微小な穴のあいた膜を介してマウスの骨髄細胞と接触させ、その助けで、さい帯血中に含まれる造血幹細胞(血液の細胞を分化する元の細胞)を増やした。5日間の培養で約10倍に増殖したという。
同教授らは、米の検査機関に依頼し、米食品医薬品局(FDA)の基準で、マウスの細胞に病原体が混じっていないことを確認したという。学内の倫理委員会からは00年2月に承認を得ていた。厚生労働省は、先端的な幹細胞の治療について指針を作成中で、動物細胞利用の安全性は重要な検討課題。
その専門委員会委員長の中畑寵俊・京都大教授は、「理想的には、(動物細胞が分泌している)有効成分を突き止め、精製して使うことが望ましい」と話している。

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年度切り替え 更新の時期になりました。


つばさ通信も休む事無く発行を継続して、144号。まさに12年の経過です。
今年度もあと一ヶ月となり、継続してつばさ通信を希望される方には、新年度会費として2,000円の会費納入をお願いいたします。
今回会報に振込み用紙を同封させていただきました。
尚、5月号の発行までに会費納入がない場合には、送付を中止させていただくこともありますのでご了承ください。
納入いただく会費は、つばさ通信の印刷・発送経費・年に数回の情報誌代にあてております。

この原稿をNHKの「プロジェクトX」を観ながら打っていました。12年…ささやかだけど継続して活動してきた日々の中で、出逢った多くの人を思い出していました。
骨髄バンクを創ろう…から、充実させていこう…への変遷の中にあっても、私達は人間を見つめてきたのだと思い知らされた気持ちです。
誰もみな、一人ではできなかった12年です。
...斎藤

  大切なお知らせをひとつ……
長年にわたり(ご本人は16年と語られていたように記憶します)長野県の骨髄移植医療を支え引っ張ってこられた佐久総合病院の 関 茂樹先生が、今年の初夏には、佐久総合を退職され、骨髄移植医療の最前線から引かれることになりました。

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