| 6月(人) | 累計(人) | |
| 長野 | 13 | 1,964 |
| 全国 | 1,036 | 129,411 |
骨髄バンクにおける非血縁者間骨髄移植例数は、ドナー登録者数の増加とコーディネート体制の充実に伴い、移植例数の増加テンポが加速されています。実績としては、98年下半期254例(前年同期比27%増)、99年上半期255例(同28%増)、2000年上半期338例(同33%増)です。ちなみに、98年6月末までのわずか2年間で、1147例の増加を達成しています。今年11月末までには、累計3000例を達成する見込みであり、患者さんに生きるチャンスが大きく広がってきています。こうした成果は、何よりも、骨髄をご提供くださったドナーの方々の献身の賜物であり、また、移植病院の関係者はじめ、調整医師、コーディネーター、地区事務局、財団事務所、さらには、行政、日赤、支援団体などの皆さんのご協力のおかげと心から感謝いたします。
当財団の普及広報委員会は、ドナー登録者増加策として、本年度のキャンペーン登録会を400回以上開催し、合計4万人のドナー登録者を新たに獲得する意欲的プランを立てています。全国各地におけるキャンペーン登録会開催に備えて、ドナー登録希望者の方々に登録手続きの説明と申込み事項の確認を行う役割を果たす「説明員」を養成いたします。各地域ブロックごとに研修会を開催する予定ですが、各県・団体単位での開催も考慮しますので、当財団事務局までご連絡ください。すでに、福島の会、東京の会、神戸の会、関西協会、神奈川の会、千葉の会などの各支援ボランティア団体で実施されています。なお、福島県、兵庫県などの行政関係者の研修会の要請も出始めています。各地でこうした研修会が開催されることが期待されます。
97年4月〜2000年6月末までのアメリカ、台湾との相互検索・移植等は下記の通りです。
各支援団体や企業、サークル等の機関紙に財団フリーダイヤル0120−445−445の掲載をお願いします。マスコミ取材の際にも掲載依頼をお願いします。
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つばさの会が毎年参加している地域の文化祭としてはもっとも大きなイベントです。
骨髄バンクのパネル展、PRコーナーを設置しながら、活動資金を得るためのバザーも開催します。
今年は、ファミリーに気軽に立ち寄ってもらうためのゲームコーナーも考えています。
スタッフ大募集!
自分たちで楽しみながらできたらいいと思っています。詳細は次号になりますが、どうか予定を空けておいてください。
尚、バザー用品も募っております。原則として新品のもので、不用なものがありましたらご協力ください。
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この日の長野市は、36.9度という異常な暑さ。「長野駅前は眩暈がするような直射日光に揺らめいていました。『長野県赤十字血液センター』で実施する「骨髄バンク ドナー登録キャンペーン」をサポートするために集まったスタッフは12名、暑さと闘う一日となりました。
ファミリーでの参加が多いつばさの会ではありますが、今回はいつにも増してヤングパワーが大活躍。7歳から75歳までの幅広いスタッフの平均年齢は35歳(遊びで計算しました)。小学生3人、高校生2人、20代前半のお嬢様1人・・・・若い!!! 暑さにバテバテの大人の分まで走り回ってくれました。
同じように駅前で活動していた他団体のおじさんに、「暑いのに頑張るね・・・・」と、しっかりジュースをおごってもらったところまで凄い!!
「楽しかった! 次のイベントも来たい」
「ウチワだけ欲しがって、チラシ捨てていくんだから・・・・」
「同じ高校生なのに、無視していくのって不思議。何をしているのか関心くらい持っていたっていいのに。」
日に焼けて、流した汗の分だけ、体で知ったものがたくさんあったようでした。
肝心の骨髄バンク登録者は10名。予想から考えたら残念な低調。
でも、つばさの会的には大成功。
今時の子供達、親の命令でなんて動きません。
炎天下の一日を楽しんで走り回った彼等の存在こそが、つばさの会の財産。
どっぷり疲れた大人達も、気持ちだけは元気をもらいました。
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白血病との闘い支えたい 2000年5月18日付け日本経済新聞より
急性白血病を骨髄移植で克服したのを機に、医師の道を歩み始めた若者がいる。発病から8年、一時は生死の境をさまよった闘病経験を生かし、将来は白血病の治療を扱う血液内科医としての活躍を夢見ている。「白血病と闘う患者を一人でも多く、救いたい」。自らの病と向き合い、生の喜びをかみしめながら、夢の実現に向けた猛勉強が大学で続く。
この学生は、東海大医学部3年の山本豊さん(27)。山本さんが白血病を発症したのは、都立国立高を卒業した直後の1992年春だった。都内の大学病院に緊急入院し、病名を知らされないまま、化学療法が始まった。
入退院を繰り返したが2年後に再発。山本さんを待っていたのは病名の告知だった。「医師や家族に裏切られたように思い、やり場のない気持ちだった。『死』を現実的な恐怖として、生まれて初めて感じた」と振り返る。
そんな絶望の淵(ふち)から生きる可能性に目を向けさせてくれたのは、骨髄移植の担当医の存在だった。治療の経験や現状、骨髄移植の成功率とその危険性・・・・。深夜にまで及んだ移植の説明は、募った周囲への不信感を払拭。「隠し事なく、全てを話してくれたため、この医師は信頼できる」と直感した。
「もう一度、生きることが叶うなら、自分もこのような医師になりたい」。生きる力が心の底からわき上がり、姉からの骨髄移植を決断した。
94年6月、山本さんは移植手術を受けた。術後、体に重くのしかかる拒絶反応や消えない再発への不安にも、夢の実現を支えに耐えた。退院から約3年後の98年春、東海大医学部に合格。同大を選んだのは、血液治療で知られていたからだという。
手術から今まで6年。今ではすっかり健康を回復した山本さんは大学に通いながら、自主的に血液の移植治療の研究室に所属し、講義や実習以外の時間を研究にあてている。
再発の可能性がほぼなくなった今、「運よくもらった命。一日、一日を全力で生きなければ後悔するから」と山本さんは言う。同大血液内科の講師で、所属する研究室の安藤潔医師は「他の学生に良い刺激を与えている」と評価する。
国内の白血病患者には、骨髄移植を待っている患者や、受けられずに亡くなった人も少なくない。
「医師である前に、闘病経験を持った一人の人間として患者さんと向き合いたい。世界中の患者が亡くなることなく、病とつき合いながらも生活できるように役立ちたい」。
山本さんは、将来の自らの姿をはっきりと見据えている。
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| 寄贈先 | 主旨説明者 | 冊数 |
| 丸子金子図書館 | 代表 | 4 |
| 信大小児科外来 | 代表 | 1 |
| 累計 | 170施設 | 478 |
この書籍寄贈は、信州ジャスコ店内設置募金箱よりのご寄付や、一般の方々からのご寄付をもとに、一人でも多くの方に、骨髄バンクを理解していただける事を願って継続しております。
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(敬称略・順不同)
匿名(20,000円)、工藤 れい子(3,000円)
匿名(6,000円)、湯本 一枝(5,000円)
三木 公(宛名ラベル一年分)
多くの皆様の、温かい支援のお気持ちを大切に活動を継続してまいります。
ありがとうございました。
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